デス・オーバチュア
第102話「白銀の亡霊(シルヴァーナ)は光に消えて……



突然生まれた尋常でない威圧感と圧迫感。
黒一色で何も見えない状態を闇夜というなら、視界が全て黄金の光で埋め尽くされて何も見えないこの状態を何というのだろうか?
白い霧で何も見えない夜を白夜という、ならば、これは光の夜……黄金の夜だ。
ジャラリといった金属のすれる音が聞こえたかと思うと、視界が一部回復する。
目前に白銀の鎖で編まれた網の壁があった。
鎖の網の壁が、黄金の光の眩しさと破壊力を遮断しているのがタナトスにも解る。
「その鎖の隙間に手を突っ込んだり、鎖に触れてはいけませんよ。もしそんなことをすれば、その瞬間、あなたの肉体も精神も魂も全て光の中に掻き消えます」
リンネの宣言は脅しでもなんでもなく、ただの事実だった。



室内全てを埋め尽くしている光輝の乱気流は、ただ体から漏れだしている光輝の余波に過ぎない。
本命の光輝は全て左手に集中させて、左手に持つライトヴェスタに注ぎ続けていた。
ライトヴェスタとは本来、持った人間の闘気、魔力、生命力といったあらゆるエナジーを光輝……光の破壊エネルギーに転化する神剣である。
だが、ルーファスは魔界で唯一光輝……光の破壊エネルギーを自ら作り出し操る魔族だ。
神剣による転化……変換作業など必要ない。
ルーファスが神剣を使う際の神剣の役目は『調整』だ。
光輝の量、威力、形を微調整する。
それが普段の神剣の役目だった。
しかし、今は違う、神剣は、ルーファスから注ぎ込まれる光輝を限界無く『増幅』し続けている。
「悪いな、クロス、お前の体は勿論、お前という精神……自我もシルヴァーナという精神(自我)と一緒に跡形もなく消し飛ぶだろうが……恨むなよ」
ルーファスはそんな無茶な注文をクロスに告げると、上空のシルヴァーナに向かって飛翔した。
銀光の雨が降り注ぐが、そんなものは全て、ルーファスの体を覆っている余剰の光輝に弾かれ、足止めにもならない。
「消えろ」
技の名前も何もない、ただ神剣を振り下ろすと同時に、神剣に貯め増幅し続けた光輝を全て解放するだけだ。
振り下ろされた神剣と黒の極光の壁が激突する。
そして、神剣の切っ先から全ての光輝が一気に解き放たれた。



中央大陸に住む多くの人間が、この日、ブラックという国がかってあった場所から、天に向かって駆け上る巨大すぎる黄金の光の柱を目撃した。
中央大陸のどこからでも見ることができたほどに、その光の柱は巨大で、凄まじい輝きを放っていたのである。
けれど、この日、目撃される怪現象はこれで終わりではないのだ。
これは最初の怪現象、異変に過ぎない……。



室内を埋め尽くしていた、光り輝く黄金の乱気流が消滅する。
視力を取り戻したタナトスの視界に最初に映ったのは、黄金と宝石できた豪奢な腕輪を拾っているルーファスの姿だった。
ルーファスは左手首に腕輪を填め直す。
それだけで、ルーファスの背中から光の翼が消え、肌の発光現象も全て収まった。
髪が腰まである長髪であることを除けば、完全にタナトスのよく知るルーファスの姿に戻っている。
「ルーファ……」
タナトスはルーファスに駈け寄ろうとして、触ってはいけないと警告された鎖の網にぶつかりそうになり、慌てて急停止した。
鎖の網越しに見ていたはずなのに、ある意味、鎖が目に入っていなかったのである。
「……まだです、タナトス」
いつのまにか、真横に来ていたリンネの視線の先、そこには、天井全てが消し飛ばされ、遙か彼方の夜空が見えていた。
夜空の星の一つが流れる。
流星は一直線に『ここ』を目指して落下してきた。
「あれっ……?」
タナトスは思わず間の抜けた声を出してしまう。
物凄い速度でこの地に降り立ったのは銀色の流星……いや、白銀の亡霊だった。
あらゆる力を無効化するはずのAinの衣は跡形もなく消し飛んでおり、その下のクロスのローブも無惨に所々が破けている。
「我が四千年の怨讐の壁を貫き……アースブレイドを弾き……Ainの衣を跡形もなく消し飛ばす……本当……魔王だとか、魔皇だとか……化け物は嫌になります……」
シルヴァーナはゆらりと、崩れるように片膝をついた。
「安心しろ、封印を解いた俺の一撃で消し飛ばないお前も充分化け物だ……魔王ぐらいなら充分務まるぜ」
ルーファスは、片膝を突いているシルヴァーナの首にライトヴェスタを突きつける。
シルヴァーナにはもうあの黒い極光の壁どころか、魔砲を一発撃つ力も残っていないようだった。
あの光輝の一撃に耐えることだけに、全ての力を費やしたのだろう。
シルヴァーナからは、あの無限とも思えた膨大な魔力は欠片も感じられなかった。
ルーファスが、ライトヴェスタを彼女に突き刺す……それだけで全てが終わる。
「待て、ルーファス! 彼女はクロスの……」
殺しては駄目だ。
それはクロスの体だし、彼女(シルヴァーナ)もまたクロスの一部というべき人格なのである。
トドメなど刺さなくても、決着はもうついたのだ。
だが、そう思っていたのはタナトスだけだったのかもしれない。
「来い! 終焉を司る女神よ!」
突然、ラストエンジェルが飛来し、シルヴァーナの首に突きつけられていたライトヴェスタを弾いた。
シルヴァーナはふらつき跪いていたのが嘘のような身軽な動きで、後ろに飛ぶ。
その右手にはラストエンジェルが、左手にはアースブレイドがいつのまにか握られていた。
着地し、ルーファスとの間合いを稼ぐと、シルヴァーナは、背後の床にアースブレイドを突き刺す。
すると、シルヴァーナの顔に精気が、体中に物凄い速さで戻っていくようにタナトスには見えた。
「……リセット、アースブレイドの能力というのは、まさか……?」
問いというより確認。
『そうよ、アースブレイドは大地の精気……無限とも言える『外気』を取り込み所有者をリフレッシュさせることができるの。つまり、アースブレイドの所有者にエネルギー切れは存在しない……これが無限の魔力の種なわけよ』
リセットがてきぱきと答えた。
以前、途中で中断させられた説明が今度は最後までできて、リセットは満足げである。
「ふん、エネルギーもダメージも一瞬で全回復か。だが、消耗した精神や意志力はどれだけ大地の精気を取り込んでも、すぐには回復できまい? お前のあの力……呪力(じゅりょく)とでも言うものは、そんな疲弊しきった精神状態ではもはや俺に通じるほどの威力は……」
「ええ、仰るとおり……今は貴方が強い、貴方に勝てない……だからっ!」
シルヴァーナが突然、宙に飛び上がった。
「逃げるだと!? なら、最初から戻ってくるんじゃねえっ!」
あのまま上空に吹き飛ばされたまま、こっそり逃げたのなら、まあそれはそれで良し、というか見逃してやらないこともなかった。
だが、こうやって目の前から逃げられるなどという……獲物を取り逃がしたような屈辱を感じさせる行為を成功させてやるつもりはない。
「では、光皇様、タナトス姉様、いずれ、ま……ああああああああああああああっっ!?」
突然、シルヴァーナが独りでに苦しみだしたかと思うと、落下してきた。
「ああっ?」
「えっ?」
ルーファスにもタナトスにも予想外な展開である。
「今頃になって……セ……ナ……ぐうううっ!」
シルヴァーナは床をのたうち回った後、苦しげな息で、頭を押さえながら立ち上がった。
「くっ……」
彼女の左手から突然、アースブレイドが消える。
「取り上げると?……確かに、それは、貴方の……ぐうっ! ああああああっ!」
シルヴァーナは再び倒れ込むと、床に転がっていたラストエンジェルを左手で掴んだ。
「……なら、代わりにこれを……貰う……いいでしょう……これは、弟の……うあああああぁぁぁっ!」
シルヴァーナの絶叫と共に、九つの輝きを放っていた剣が、黒一色に染まり、深く暗い輝きを放ち出す。
「行きなさい……いずれ……時が来るまで……っ!」
ラストエンジェルは突然、弾けるように独りでに飛び立ち、アッと言う間に夜空の闇の中へと姿を消してしまった。
それを確認すると、シルヴァーナは最後の力を振り絞るようにして立ち上がる。
「……一目……あの子に……ルヴィーラに会いたかったけど……仕方ないわね……充分楽しませてもらったしね……」
シルヴァーナは苦しげな息をしながらも、満足げな笑みを浮かべた。
「……シルヴァーナ? クロス?」
その笑顔は今までのシルヴァーナの上品に澄ました笑顔と違って、とても自然で素直な笑顔……クロスと同じ笑顔に見えた……シルヴァーナもまたクロスの一部であることを証明するかのように。
「……じゃあ、『代わる』わね……」
シルヴァーナは瞳を閉じると同時に深く息を吐き、そのままがくりと首を落として動かなくなった。
「……代わる?」
クロスに体の支配権を戻すということなのだろうか?
数秒後、突然、クロスの首が持ち上がったかと思うと、瞳がカッといった感じで一気に開いた。
そして……。
「ルーファス!」
銀髪の少女は勢いよくルーファスに抱きついた。







第101話へ        目次へ戻る          第103話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜